酒造りの神様のいる場所へ
◼︎石川県小松市には、酒造りの神様がいる
御年86歳にして、今なお現役で酒造りを続ける伝説の杜氏・農口尚彦氏の酒造「株式会社 農口尚彦研究所」を訪問してきました。
ここは、農口氏の匠の技術・精神・生き様を研究し、次世代に継承することをコンセプトとした酒造です。
目的は、施設の一画に設けられた「杜庵」と名付けられたテイスティングルームで、農口氏の酒を堪能すること。
九谷陶芸資料館からローカル路線バス等を乗り継いで、山深いところにある農口尚彦研究所の杜庵を訪れました。
◼︎杜庵にて
茶事を模して「酒事」と呼ばれるテイスティングは1日1回10席のみ。
そのため、連日満席が続くような状態ですが、訪問当日は奇跡的に私一人のみの貸切状態でした。
茶室に通ずるような簡素ながらも一つ一つの素材やつくりにこだわった美しいしつらえの杜庵の10席のなかで、「まちがいなくここが特等」という席から木々が生い茂った山と収穫を終えた田んぼという秋の里山の風景を借景に日本酒のテイスティングが始まりました。
(写真上)特等の席から里山の風景をバックに本日のメインのテイスティング酒を。
(写真下)杜庵のコの字型カウンター。カウンター外側のサイズの四角形がちょうど4畳半。茶室と同じ広さだそう。
◼︎ものすごい納得感のテイスティングが続く…
試飲の主役は、石川県・小松市産の酒米「五百万石」で醸した純米生原酒ですが、まずは、山田錦で醸した酒との飲み比べによって
酒米の特長を体感するところから始まりました。
山田錦の余韻の長さに対して五百万石の切れの良さ、比べて飲むとこのコントラストがとてもわかりやすいのです。
酒の造りの違いはいろいろあるけれど、酒米の品種の違いがもたらす酒の味わいへの影響がよくわかります。
そして、試飲は次のステージへ。
今度は2018BYの小松市産の五百万石で醸した純米生原酒を温度帯を変えて味わいの変化を楽しみます。
まずは11〜12℃のやや冷えたものをふぐの身の粕漬けと合わせて。
このお酒は切れの良い淡麗辛口という印象で、ふぐの粕漬けとの相性はいうまでもありません。
次は同じお酒を30℃程度の日向燗にして、イカの粕漬けの炙りと合わせます。
生酒とはいうものの、2年ほど寝かせて少し熟成が進んだこのお酒を日向燗にしたものです。
味わいの広がりや香りの膨らみが素晴らしく、
「これが同じお酒だとは、お釈迦様でも気付くまい!」
というほどの見事なまでの変化(へんげ)。
この変化をイカの粕漬けの炙りがしっかりと受け止めてくれました。。
炙りによる芳ばしさと完璧にマッチ。
この時点ですでに私の満足度は最高潮に達し、お礼を言って帰っても良いほどだったのですが、
まだまだ酒事の幕は開いたばかりだったのでした。
◼︎こんなものではない…深過ぎる、そして楽し過ぎる酒事が続く
今まで呑んでいた純米生原酒は速醸酛でつくったお酒でしたが、今度は山廃酛でつくった同じく2018BYの
純米生原酒を温度帯を変えて楽しみます。
まずは11〜12℃の温度にしたこのお酒をクリームチーズにドライイチヂクを乗せたものと合わせました。
クリーミーなものを口に含みながら、この山廃の酒を口に流し込む事で、隠れていた味わいが一気に爆発して第三の味わいを生み出してくれます。
これこそ生酛や山廃ならではの乳酸の乳のニュアンスが為せるワザです。
さらに今度はこの山廃のお酒を42℃まで上げて、鯖のへしこを酒粕で漬け直したというマニアックな一品と合わせることに。
酒の温度を上げたことで酸が顔を出してきて、この加工品を加工した?というマニアックな一品を相手にしてもスッと切れて
くれました。凄すぎます。。美味しすぎます。。
ここで、今まで呑んでいた酒に使われている酒米・五百万石を飯米同様に炊いたご飯が現れました。
酒米を食べるのは初めての体験でしたが、なるほどこういう違いだったかということが少しわかりました。
酒米は米粒の心白が大きく、麹菌が入り込めるようなヒビのようなものが入っているため、ややカスカスとした感じがありました。
そのあと、今期2019BYのひやおろしを楽しみました。
半年の間ではあるものの、ほのかな熟成香と落ち着きを感じさせてくれます。
生酒の熟成が急速に進む温度帯が5-7℃であるため、7℃で半年熟成させたということでした。
そして、さらに本醸造酒が登場します。
正直に言って、本醸造酒だとは全くわかりませんでした。アルコール添加している印象がありません。
「酒は純米」と思っていたまだまだ日本酒素人の私には、少なからず驚きでした。
考えようによっては、アルコールの香りを抱き込む習性によって、1年経っても華やかに香りを出してくれるわけで、
熟練者が扱えばこんなお酒になるんだなあと非常に感心してしまいました。
◼︎ネタバレ必至のため、この後は慎みますが。。
「もう十分。本日はありがとうございました。」
お礼を述べて席を立とうとする私の前に、茶菓子ならぬ酒菓子が運ばれてきたのでした。。
こちらの趣向が非常に面白く・・・
気になるお方は、ぜひネット検索などせずに、訪問して体験いただければと思います。
私は、事前リサーチのないままに参りましたおかげで、新鮮な驚きと感動を持ち帰る事ができましたので。。
◼︎酒器で楽しむお酒とは
今回の酒事では、九谷焼、ワイングラス、切子、そして珠洲焼の酒器が用いられました。
お燗した酒はやはり陶器のお酒が良いと思いますが、一方で11〜12℃であれば、酒の個性や特長を感じさせてくれるガラスの酒器も楽しめそうです。
例えば、RIEDEL社の「エクストリーム純米」グラスは、ワイングラスの世界的老舗リーデル社が純米酒に特化して開発した純米酒専用グラスで、日本全国の酒蔵の蔵元や杜氏たちと40回以上のワークショップを重ね、足掛け8年の歳月を経て誕生したものです。
お米の旨味を引き出し、まろやかな味わいと純米酒の香りを存分に味あわせてくれます。
きっと違いがわかりやすく、楽しい「遊び」ができるのではないかと思います。
お酒を飲むシーンで酒器を変えたり、合わせる食事によって酒器を変えるというのも楽しいものです。
「この酒にはこの酒器」というルールはありません。
「遊び」の感覚でいろいろ試せると、より一層、世界が広がるのではないかと思います。
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